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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)6666号 判決

原告

大前功

大前金次郎

右両名訴訟代理人

柴田五郎

〈外一名〉

被告

国際商事株式会社

右代表者

坂井康悦

右訴訟代理人

定塚道雄

〈外二名〉

主文

一  被告から原告に対する東京法務局所属公証人小保方佐市作成昭和四八年第一二五六号賃貸借契約公正証書二〇条、一八条三号、五条及び二〇条、一八条七号、七条(原告大前金次郎については更に二五条)に基づく強制執行は許さない。

二  原告大前功が被告に対し、別紙賃借権目録記載の賃借権を有すること及び右賃貸借契約につき金五〇万円の敷金返還請求権を有することを各確認する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  本件請求異議事件につき東京地方裁判所が昭和五〇年八月七日にした強制執行停止決定を認可する。

五  前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一、請求の原因

1  原告大前功は被告から、昭和四四年四月二五日、別紙建物目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を次のような約定で賃借した(ただし、昭和四八年六月一三日契約内容を一部変更した。)。

(一) 賃料 一か月七万五〇〇〇円(昭和四八年七月一日からは八万八〇〇〇円)

管理費 賃料の五パーセント(昭和四八年七月一日から賃料の一〇パーセント)

(二) 期間 一〇年(その後、昭和四八年六月一日から向う六年間と改められた。)

(三) 敷金 二四〇万円

(四) 保証金 二四〇万円

(五) 賃借人は目的物件を無断で転貸してはならない。

(六) 賃借人が賃貸借契約に違反したときは賃貸人から賃借人に対し特段の通知催告を要せず直ちに賃貸借契約は解除となるものとし、契約解除後賃借人が明渡しを履行しないときは、その翌日から目的物件明渡し完了に至るまで、違約金として賃借人はその時点における賃料と管理費合計額の倍額に相当する額を日割計算により一日ごとに賃貸人に持参して支払わなければならない。

2  原告大前金次郎は、昭和四四年四月二五日被告に対し、右賃貸借契約に基づく原告大前功の債務について、連帯してこれを保証した。

3  原告らと被告は、昭和四八年六月一三日、右賃貸借契約について、賃貸借契約公正証書(東京法務局所属公証人小保方佐市作成昭和四八年第一二五六号、以下「本件公正証書」という。)を作成したが、これには次のような記載がある。

(一) 原告大前功は目的物件内に居住する者の氏名を被告に左のとおり申し出、その申し出た者のみが居住する。これ以外は特に被告の承諾を得た者のほかは、親族、家族又は留守居等その他何らの名目をもつてするも一切居住させ一時的にも占有させないことを原告大前功は確約した。

氏名

性別

生年月日

賃借人との続柄

大前 功

〈省略〉

契約者本人

大前俊枝

(五条)

(二) 原告大前功は目的物件につき原状の変更その他造作物の付加、賃借権の譲渡、転貸又はこれらに類する行為をしてはならない。ただし、被告の承諾を得た場合はこの限りではない(七条)。

(三) 原告大前功が左の場合の一にでも該当したときは、被告から原告大前功に対し特段の通知催告を要せず直ちにこの賃貸借契約は解除となるものとする。この場合原告大前功は何ら異議なく速かに目的物件を被告に明渡すことを特約した。(一八条)

一、二、四〜六 省略

三、五条等に違反したとき

七、右の外原告大前功においてこの賃貸借契約の一にでも違反したとき

(四) 賃貸借契約終了又は契約解除後、原告大前功が明渡しを履行しないときは、その翌日から目的物件明渡し完了に至るまで、違約金として、原告大前功はその時点における賃料と管理費合計額の倍額に相当する額を日割計算(ただし一か月を三〇日として計算する。)により一日ごとに被告に特参して支払わなければならない(二〇条)。

(五) 連帯保証人原告大前金次郎は、原告大前功と連帯して本契約による債務の履行を保証する(二五条)。

(六) 原告大前功及び大前金次郎は本証書記載金銭債務の履行をしないときは直ちに強制執行を受けても異議ないことを認諾する。

〈以下省略〉

理由

一争いのない事実

請求の原因1(賃貸借契約の成立と改訂)、同2(原告大前金次郎の連帯保証)及び同3(本件公正証書の存在とその内容)の各事実は当事者間に争いがない。

二居住者制限条項について

本件公正証書には五条として、目的物件には原告大前功とその妻のみが居住し、これ以外は親族、家族又は留守居等その他何らの名目をもつてするも一切居住させないことを原告大前功は確認する旨の条項が存するが、昭和四五年暮ごろ同原告は他に転居し、以後本件建物部分の二階住居部分には同原告の住込従業員が一人又は二人居住していることは当事者間に争いがない。

原告らは右五条のような約定はしていないと主張する。しかし、〈証拠〉によれば、本件賃貸借契約については昭和四八年六月一三日に作成された本件公正証書以前に、契約成立の当初である昭和四五年五月二日に公正証書が作成されており、その中に前記五条と同趣旨の約定が存すること(居住者は原告大前功のみであるとされている。)原告大前金次郎は、昭和四五年四月二五日の契約締結の際、当初の公正証書の内容につき被告の役員関敏男から説明を受けていること、原告大前功も遅くとも本件公正証書が作成された昭和四八年六月一三日までには最初の公正証書に眼を通しその内容を知悉していたこと、本件公正証書作成の際原告らは、前記関敏男から、契約内容を改訂する部分以外は公正証書の内容は当初の公正証書と同一である旨の説明を受け、本件建物部分に居住するのは原告大前功とその妻である旨申し出て、妻の氏名、生年月日を申述したことが認められ、これに反する証拠はない。そうすると、原告らは本件公正証書五条の約定につきこれを了承していたことは明らかである。原告らの主張は採用できない。

しかし、右条項は次に述べる理由により公序良俗に違反し無効であるものと解される。

本件公正証書には右条項のほかに更に七条として、賃借権の譲渡、転貸又はこれらに類する行為を禁ずる旨の条項が存在する。したがつて五条は、その居住、占有が転貸に当たるか否かを問わず、その文言通り、「親族、家族又は留守番等その他何らの名目をもつてするも一切居住させ又は一時的にも占有させない」との趣旨であると解するほかはなく、これを限定的に解釈する余地はない。

そうすると右条項によつて賃借人は、結婚、出産、親族、家族との同居等について制約を受け、また、住込従業員を雇用しあるいはこれを増員すること等も困難となる。かかる事態は、賃借人の私生活、社会生活あるいは経済活動に対する著しい制限であつて、人道上到底許容することはできない。そして、反面このような条項を定めなければならない合理的必要性については何らその立証がない。〈証拠〉によれば、本件公正証書には、この五条のほかに、無断転貸等及び目的物件につき原状の変更その他造作物の付加を禁止する七条のみならず、「賃借人は目的物件の合鍵を常に賃貸人に預けておくこと。賃借人が賃貸人に無断で一五日以上不在となつたとき、又は賃貸人において不審と認めたときは、賃貸人(ママ)の承諾なく入室し適宜の処置を講じ得るものとする。」と定める九条(もつともこの条項の有効性については疑問の余地があろう。)、「賃借人は目的物件の建物内において鳥獣犬猫等物類を飼育し又は衛生上有害、近隣の迷惑となるべき行為をしないこと。」と定める一〇条、「賃借人は自己並びに同居人あるいは使用人等の故意又は過失に基づいて目的物件に損害を与えたときは、その原因如何を問わず一切の損害賠償の責に任ずるものとする。」と定める一四条が存在することが認められる。したがつて、もしも賃借人ないしその同居者が、賃貸人又は近隣の居住者に損害を与えるような行動に出るおそれがある場合には、これら約定によつてこれを予防することが充分可能である。〈証拠〉によれば、本件目的物件のある建物は、一、二階に住宅付店舗のあるごくありふれた鉄筋コンクリートの四階建建物であることが認められる。かかる建物について、右のように周到に賃借人に様々の禁止事項を課するほかに、更におよそ一切の同居を禁止する必要性はこれを想定することは困難である。

なお、「特に賃貸人の承諾を得た者」は、右五条の禁止の対象から除外されている。しかし、その諾否の基準は契約上何ら定められていないから、当該居住を承諾するか否かは賃貸人が全く自由に決することができると解するほかはない。賃貸人の許否の判断が賃借人に重大な制約を課することがないように合理的かつ人道的になされるという保障は全くない。賃借人には賃貸人の承諾を得る道が残されているからといつて、右条項を有効とすることはできない。

以上のとおり、本件公正証書の五条は、公序良俗に反し無効といわざるを得ない。これに違反したからといつて賃貸借契約は解除され得ないし、また、右条項が有効であることを前提とする強制執行は許されない。

三無断転貸の主張について

原告大前功は本件建物部分の一階店舗において寿司商を営んでいたが、昭和四五年五月有限会社大前寿司が設立されたことは当事者間に争いががない。

〈証拠〉によれば、有限会社大前寿司の本店は本件建物部分であり、その目的は「各種寿司類の製造及び販売、割烹、小料理店及びその他の飲食店業」とされていること、資本の総額は一〇〇万円、社員は三名であり、出資口数一、〇〇〇口のうち八〇〇口は原告大前功、各一〇〇口は父親の原告大前金次郎及び兄の訴外大前一の出資とされているが実際は原告大前功がすべて出資したものであること、設立以来現在まで代表取締役は原告大前功、取締役は原告大前金次郎、監査役は前記大前一であること、右有限会社設立の動機は個人経営よりも会社組織による経営の方が税務対策上有利であると考えたことにあること、本件建物部分において寿司商の営業を主宰しているのは会社設立の前後を通じ原告大前功であつて、他の役員が経営に実際に関与しているものではないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで本件の無断転貸等の禁止条項は、当該転貸が賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情がある場合には、賃貸人に解除権が発生しないとの解釈を特に排除する趣旨まで含むものとは解されないのであつて、その意味において民法六一二条と異なる趣旨のものではないと解される。そして、右認定の事実によれば、有限会社大前寿司は原告大前功の個人経営と実質を同じくするものであつて、同会社に本件建物部分を使用させたからといつて賃貸人との間の信頼関係を破るものとはいえないから、背信行為と認めるに足りない特段の事情あるものとして、これを理由とする解除権は発生しない。右解除の有効であることを前提とする違約金債権による強制執行も許されない。

四敷金の額について

〈証拠〉を総合すれば以上の事実が認められる。

昭和四四年四月の本件賃貸借契約の締結について原告側では原告大前金次郎が被告との折衝に当つた。同原告は、被告の関敏男専務から敷金が二四〇万円、保証金が二四〇万円であると聞き、同年四月一六日取引先の王子信用金庫落合支店に、本件建物部分を賃借するための資金(保証金二四〇万円、敷金二四〇万円、家賃七万五〇〇〇円)に充てるために必要であるとの理由を述べて融資を申し込み、賃貸借契約成立の日である四月二五日、四〇〇万円を借り入れ、これに自己の三〇万円を加え、同金庫振出の四三〇万円の小切手を受取つた。残り五〇万円は現金で、同原告が同年一月三〇日に同金庫から原告大前功の独立のための資金に用いる目的で借り入れていた一〇〇万円のうちから準備した。四月二五日、原告大前金次郎は右の四三〇万円の小切手と現金五〇万円を被告代表者に交付し、二四〇万円の保証金預り証、五〇万円と一九〇万円の二通の敷金預り書(いずれも昭和四四年四月二五日付)を受領した。

昭和四八年六月一三日の契約内容改訂の際、原告らは日付を書き替えるからとの被告の要求に応じて右三通の保証金及び敷金の預り書を被告に交付したが、これに対して被告はいずれも昭和四八年六月一三日付の二四〇万円の保証金預り証書及び一九〇万円の敷金預り証書を返還したにすぎなかつた。そこで原告らと被告代表者らとの間で敷金の額について言い争いとなつたが、この日は両者の言い分が対立したまま物分かれとなつた。その後原告大前功は、昭和四四年四月二五日付の三通の預り書のコピーを作成してあつたのでこれを確認した上で、改めてコピーの存在を告げて被告と交渉したところ、被告は敷金のうち五〇万円は一九〇万円の内金であるとの主張をするに至つた。

〈証拠判断省略〉

したがつて本件賃貸借契約の敷金は二四〇万円であり、そのうち被告が否認する五〇万円についても原告大前功に返還請求権がある。

五結論

以上述べたとおり、原告らの本訴請求はすべて理由があるからこれを正当として認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、強制執行停止決定の認可、その仮執行宣言につき同法五六〇条、五四八条一、二項を適用して主文のとおり判決する。 (矢崎秀一)

賃借権目録、建物目録〈省略〉

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